神戸地方裁判所 平成5年(ワ)399号の8 判決 1996年12月20日
兵庫県芦屋市<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
松重君予
同
雨宮成兆
同
藤掛伸之
右訴訟復代理人弁護士
中山知行
東京都中央区<以下省略>
被告
太平洋証券株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
吉田清悟
右訴訟復代理人弁護士
清水正憲
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求(主位的請求、予備的請求とも)
被告は、原告に対し、一七六万七六七五円及びこれに対する平成五年三月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告からワラント(新株引受権証券)を購入した原告が、被告に対し、主位的には、右取引は、被告の組織ぐるみの違法行為であるとして、民法七〇九条に基づき、予備的には、右購入において被告の従業員が勧誘方法として許される範囲を逸脱した違法な勧誘を行ったものであるとして、民法七一五条に基づき、ワラント購入代金相当額の損害の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 被告は、有価証券の売買等の媒介、取次ぎ及び代理等を目的とする株式会社である。
2 原告は、被告の従業員で神戸支店勤務のB(以下「B」という。)の勧誘により、被告との間で、平成元年一二月一八日、三菱重工ワラントの外貨ユーロドル建てワラント五〇〇〇ドル券一〇枚(発行日平成元年六月二二日、行使価格一二〇〇円、固定為替一四三・九五円、行使期間平成元年七月一三日ないし平成五年六月一五日、買付価格一七六万七六七五円、以下「本件ワラント」という。)を購入した(以下「本件取引」という。)。
3 原告は、本件ワラントを現在も保有している。
二 主要な争点
1 本件取引が被告の組織ぐるみの違法行為といえるか。
2 本件取引に際し、Bの勧誘が違法なものであったか。
3 原告の損害額(過失相殺、寄与率を含む。)
三 争点に関する原告の主張
被告は、危険なワラント取引について、その危険性を顧客に周知させるように自己の外務員を指導せず、むしろ外務員に厳しいノルマを課して、ワラントを有利なものとして積極的に一般投資家に売りさばくよう指導していたもので、これは原告に対する会社ぐるみの組織的詐欺であり、民法七〇九条に該当する。仮に、被告に会社ぐるみの不法行為がないとしても、被告の外務員の原告に対する勧誘行為は、民法七〇九条の不法行為に該当し、被告は、民法七一五条により使用者として、原告に対し、原告の被った損害を賠償する責任がある。
1 ワラント取引における違法性の根拠事実
(一) 証券会社の優越的地位
証券会社と一般投資家との間の証券取引における証券会社の注意義務を検討する場合には、前提として、証券会社と投資家との間の地位の質的な相違を検討する必要がある。
証券取引法は、証券業を免許制とし(同法二八条一項)、必要な基準や条件を満たした株式会社について大蔵大臣が特別に禁止の解除を与えてその営業を許容している。このように、証券会社は、その存立の根本からして専門的基盤を有しており、証券取引についての知識、経験、情報の収集、利用、判断等全ての面において、一般投資家に比して、はるかに優越した地位にある。また、日常的な業務の遂行においても、証券取引に不可欠な知識、経験、情報、ノウハウ等を蓄積しており、一般投資家に対する地位の優越性は拡大する一方である。
証券会社は、このような優越した地位を利用して一般投資家に損失を被らせることによって、自己の利益を図ってきたのであり、本件のワラント取引における一般投資家の被害も、証券会社がその優越的地位を濫用したことによって生じたものである。
(二) 顧客の証券会社に対する信頼の悪用
アメリカ合衆国においては、証券取引委員会への登録が認められた証券会社は、一般投資家に対して公正に業務を遂行することを表明したものとみなされ、不公正な行為を行った場合には違法とされる判例法理(シングルセオリー)が確立している。この法理は、公的な許可(シングル)を得たものは、それに対する信頼を裏切る行為をしてはならないという趣旨のものであり、これは免許制をとっている我が国にも妥当する。公正かつ誠実に業務を遂行する義務を規定した証券取引法四九条の二は、この法理と同趣旨のものと解すべきである。
本件のワラント取引は、証券会社に対する一般投資家の信頼を悪用してされたものであり、シングルセオリーに違反する違法なものである。
(三) ワラントの新規性・非周知性
ワラントは、株式や社債などの金融商品とは全く異なり(新規性)、しかも、市場そのものにとって未経験の商品(非周知性)であった。昭和六〇年のワラント解禁からワラントの危険性について新聞等に掲載されるようになった平成二年ころまでの間、一般投資家が目にし得る雑誌、新聞等にはワラントに関する記事はほとんどなく、一般投資家にとって、ワラントは未知の商品であり、ワラントの取引システムや権利内容、リスクについて、理解のための手段自体がほとんど存在せず、理解することが極めて困難であった。したがって、ワラントは、その新規性、周知性から一般投資家に対する勧誘対象としての適格性を欠く商品であった。
(四) ワラントの超ハイリスク性、難解性
ワラントの価格変動は、株価に比べはるかに大きく、ギヤリング効果による紙屑化の危険性も大きい。また、ワラントは、その構造も非常に難解で複雑であり、これを一般投資家に理解させるのは容易ではない。ワラントはこのように、極めて危険かつ難解な商品であり、一般投資家にとっては欠陥商品というべきものである。
(五) 証券会社にとっての構造的うまみ
(1) 発行手数料
証券会社は、ワラント債発行に際し、発行業務を主宰することにより、莫大な手数料を手にすることができる。
(2) 売買益
証券会社は、ワラント債の発行により引き受けた外貨建てワラントを一般投資家に売ることによって、莫大な売買益を手にする。
(3) 企業の資金運用にともなう手数料収入
証券会社は、証券市場に還流してきた調達資金によって、営業特金を始めとする証券投資での売買手数料を手にすることができた。
このように、ワラント債の発行・売買は、証券会社の収益拡大に直結していた。
(六) 公正な価格形成が制度的に保障されていない。
海外ワラントは、証券会社との相対売買であって、公正な価格が形成される制度的保障が全くない。日本証券業協会は、平成二年九月二五日から顧客との仕切り値幅を制限することとした。しかし、この値幅制限も極めて不十分なものであり、外貨建てワラントの価格形成は、透明かつ公正であるとは到底いえない。
(七) 価格の周知方法が講じられていない。
平成元年四月末までは、外貨建てワラントに関する価格情報は、新聞紙上に一切公表されていなかった。平成二年九月二四日までは、日本経済新聞等に公表される売り気配値及び買い気配値のそれぞれのポイントで表示される平均値は、顧客に入手可能であるものの、銘柄は限定されていた。同月二五日以降は、新聞情報としては、限定された銘柄のポイントで表示される平均値と出来高(業者間取引のもので、前日のもの)が入手できたにすぎない。業者間取引気配値は、投資判断のための価格情報としては全く不足している。また、ワラントの価格そのものではなく、ポイント数で公表される点は、ポイント数から価格を計算するためには、複雑な計算式によらなければならないことになり、価格情報の開示としては不十分である。
(八) 証券の内容が一般投資者には全く理解不可能である。
証券は、証券あるいはそれと一体となる約款の文章で表された権利がその内容となるものであるから、一般投資家が券面あるいは約款を読解できなければならない。ところが、海外ワラントの原券は、原券自体入手困難である上、全文が専門的英語で綴られており、我が国の一般投資家では、これを入手したとしても自ら読解することは不可能である。
(九) 実質的な国内募集・売出である。
本件の海外ワラントは、形式的にはヨーロッパ市場で発行されたものであるが、その全部またはほとんどが、直ちに我が国国内で消化されている。これは当初から計画されており、実質的には我が国において発行されたものと同視できる。それにもかかわらず、証券取引法四条(大蔵大臣宛届出)同法一三条(目論見書の作成)という証券発行のための最も基本的な法律要件を満たしていない。すなわち、海外ワラントの発行は、証券取引法の脱法行為であり、その販売もまた同法違反を承継する行為である。
2 ワラント取引の違法性一般
(一) 公序良俗違反
海外ワラントは、証券の内容が一般投資家に理解できず、また公正な価格形成の制度的保障もなく、形成された価格の周知方法も講じられていない、という点で、一般投資家に勧めるだけの証券としては致命的な欠陥を有する証券であるといわざるを得ない。
このように、欠陥証券と言っても過言ではない証券であるにもかかわらず、証券会社は、海外ワラントが株式のブローカー業務による収益の減少を埋めるための、自らに多大な利益をもたらすうまみのある証券であることに目を付け、我が国の証券取引法による規制を免れるためにヨーロッパで場を借りて発行手続だけを行って国内に還流させるという、法の潜脱行為まで取りつつ、証券会社と一般投資家との証券取引の知識・情報量の圧倒的差異を最大限利用して一般投資家の不利益を顧みずに海外ワラントを大量かつ強引に売りさばいたのであって、このような勧誘・販売行為は、商品の客体、行為の動機・態様いずれの点から見ても、社会的に許容された相当性をはるかに逸脱し、公序良俗に反する違法な行為である。
(二) 適合性の原則違反
ワラントとりわけ海外ワラントについては、自らワラント取引の仕組みとリスク、適正価格等について積極的に研究するだけの能力と意向を有し、ハイリスクに耐え得るだけの資金余力を有するような投資家すなわち機関投資家や大手会社の財務部門、特殊な個人投資家など投資のプロのみが取引適格者と言えるのであり、原告らのような一般投資家は、証券取引についての能力・資力・意向のどの面からしても、取引不適格者といわざるを得ない。したがって、証券会社が、原告らのごとき一般投資家にワラント特に海外ワラントの取引を勧めることは、投資家の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう配慮するという適合性の原則(証券取引法五四条一項一号)に反することである。
(三) 説明義務違反
証券会社は、取引開始時に説明書を交付し、直接口頭でワラントの商品構造、取引形態や危険性等を本人にわかるように説明し、本人がそれを理解し「紙屑」になるリスクを納得したことを確認する作業として確認書を徴求するという全ての説明義務を果たしたうえで初めて、一般投資家にワラント取引を行わせる前提条件が満たされる。証券会社の担当者は、右説明義務の範囲に入る事実・情報を投資者に十分説明し、それらについて的確に認識できるようにすべきであるから、ポイントの意味や、価格計算方法も説明義務に含まれる。かりに、説明義務の範囲を投資の適否の判断に必要な範囲に限るとしても、ワラントは、行使期間を過ぎなくても、残存期間やパリティの値によっては無価値になるのであり、そのため価格の計算方法の説明による投資者の理解は不可欠である。また、取引の態様が相対取引によること、すなわち購入価格の適正が市場原理によって決定されず、また市場での売却が自由にできないものであることの認識は投資判断にあたって重要である。したがって、これらの前提なき限り、ワラント取引を勧誘し、開始してはならないというべきである。
(四) 不当勧誘
証券取引においては、投資主体の個々の属性や特質がいかなる場合であるかを問わず、証券会社が行う勧誘行為そのものに着目して、当該勧誘行為が証券市場の公正かつ適正な運営を害し、また、取引行為自体の公正や適正を害したり、顧客に不測の損害を与える蓋然性が高い場合、当該勧誘行為そのものが禁止されたり制限される。以下に述べるような行為は、このような不当行為であり、このような禁止や制限に反する行為によって顧客を勧誘することは、証券取引における公序に反する違法な行為として不法行為責任を発生させる。
(1) 断定的判断の提供による勧誘の禁止
証券取引法五〇条一項一号は、証券会社又はその役員若しくは使用人に対して、有価証券の価格が騰貴し又は下落することの断定的判断を提供して勧誘する行為を禁止している。また、日本証券業協会の公正慣習規則第八号九条三項一号も、断定的判断の提供を禁止している。
前記のとおり、顧客に判断材料がなく、かつ著しく不透明でリスクの大きいワラント取引(特に海外ワラントの場合はなおさら)においては、断定的判断の提供は、高度の違法性を帯びた行為である。
原告を含むワラント取引による被害者のほとんどは、証券会社の従業員から、違法な断定的判断の提供を受けている。ワラント取引の仕組みを充分に理解できない一般投資家が高いリスクを持つワラントを現実に購入させられているという事実自体が、断定的判断の提供が現実に行われていたことを強く推認させるものである。
(2) 損失負担・利益保証による勧誘の禁止
証券取引法五〇条の三第一項一号ないし三号では、同条三項の場合を除いて、有価証券等の売買その他の取引につき、顧客に対して取引の開始前や終了後に「顧客に損失が生じることとなり、又はあらかじめ定めた利益が生じないこととなった場合に」取引で生じた損失の「全部又は一部を補填し、又は補足する」ことの申込みや約束、実際の補填、補足を禁止している。
ワラント取引においても、多くの場合、「絶対に損はさせない。」等と、損失負担や、利益保証による勧誘が行われており、それが違法性を有することは明らかである。
(3) 虚偽表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき行為の禁止
証券取引法一五七条二号では、有価証券の売買について、虚偽表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき行為を禁止している。
原告らは、ワラントの何たるかを把握しておらず、高いリスクを初めとするワラントの多大な問題点を認識していなかったものであり、原告らのワラント購入は、前記の断定的判断の提供と同様に証券会社による虚偽又は誤解を生ぜしめる違法な勧誘が決定的要因となっている。証券会社は、前記説明義務を果たさなかったばかりか、積極的に虚偽の言辞を弄して、原告らにワラントを購入させているのである。
3 Bの原告に対する勧誘の具体的違法性
(一) 本件取引に至る経過等
(1) 原告は、大正○年○月○日生まれで、タイピスト、同族会社の事務を経て、主婦をしている。原告は、昭和五三年ころから、他の証券会社と時々株式の現物取引をしていたが、被告会社神戸支店とは、昭和六三年ころ、外務員が何度も勧誘にくるので、気の毒になって取引するようになり、株式や転換社債を買った。
(2) 原告は、本件ワラントの購入に際しては、Bから三菱重工の転換社債を買わないかと勧められたので、原告は、「一〇年持てばいいのね。」と言ったところ、Bが「そうです。」と言ったので、原告は、転換社債を買ったものと思い込んでいた。
右勧誘に際し、Bからは、商品の内容、仕組みや危険性等について、具体的で理解可能な説明は全くなかった。
(3) また、本件では、Bはワラント取引説明書を交付していないし、確認書の作成も求めていないものである。
(4) 本件ワラント取引日である平成元年一二月一八日の三菱重工の株価は、一一五〇円であり、本件ワラントは、取引当初からマイナスパリティであった。
(5) 原告は、ワラント取引の問題が騒がれるようになった平成三年一〇月ころ、当時の担当者であったCに対し、「ワラント取引がなくてよかった。」と言ったところ、「ある。」と教えられ、初めて自分がワラントを買っていることを知った。
(二) 適合性原則違反
本件の原告は、夫が死亡した後、老後の生活の安定のため、夫が残した株式の売買を始めたが、銘柄を自ら指定して購入したことはほとんどなく、いつも被告の従業員の勧めるまま、株式・債券を購入してきた。原告の投資資金は余裕資金とはいえず、老後の資金として慎重に運用されるべきものであった。原告に対しワラントを勧誘することは、原告の年齢(本件取引当時六八歳)や社会的経験(ほとんど主婦としての経験しかない)等からしても危険性が存するのみで有用性をほとんど認め得ない行為である。このような場合は、勧誘行為の悪性を論ずるまでもなく、ワラントの販売勧誘自体が私法上違法と判断されるべきである。
(三) 説明義務違反
前記のとおり、証券会社の従業員は、ワラント取引に際し、商品の内容、仕組みや危険性等について、顧客に説明する義務を負っている。具体的には、ワラントの意義、権利行使価格、権利行使期間、(権利行使による取得株式数)、外貨建てワラントの価格形成メカニズム、ハイリスクな商品であり無価値となることもあること、外貨建てワラントは、上場株式とは異なり、証券会社との相対取引によることが説明義務の範囲である。そして、ワラントは、行使期間を過ぎなくとも残存期間やパリティの値によっては無価値になるのであるから、ポイントの意味や価格の計算方法も開示・説明義務の範囲に入るというべきである。本件のBの説明では、このような点の説明を尽くす義務はまったく果たされていない。原告は、ワラント購入に際して、被告会社の担当者から説明を受けなかったばかりか、転換社債と誤認させられて買わされ、右担当者の違法な行為に基づき本件ワラントを購入したのであり、もしワラントの危険性、権利行使期間について説明を受けていたならば、購入することはなかった。
なお、本件ワラントは、前記のとおり取引日において、マイナスパリティであり、ワラントの価格は実体のないプレミアムだけから構成された価格であり、この点の充分な説明なくして原告のような適合性のない者にワラントを売却することは、ほとんど詐欺的としか言いようのない行為である。
また、本件では、前記のとおり、説明書の交付はなかったと思われ、仮に説明書の交付があったとしても、購入の意思決定(平成元年一二月一八日)前に交付されていないことは確実である。購入の意思決定後に説明書の交付があったとしても、それだけでは説明義務を尽くしたといえないことは多くの判例が認めるところである。
4 原告の損害
(一) 原告は、本件ワラント取引により、代金と同額の損害を被ったのであって、被告に対し、本件ワラントの代金額と同額の損害賠償請求権を有する。
(二) 原告は、Cから聞かされるまで、自分がワラントを買ったこと自体を認識していなかった。ワラントを持っていることが分かった時点では、本件ワラントは紙屑同然の価格になってしまっていた。このような場合、損害の発生を予め防止することは期待できないのであって、ワラント購入時やそれ以後も原告の過失を問うべきではないし、その前提条件自体が欠けており、原告に対する過失相殺は認められるべきではない。
四 争点に関する被告の主張
1 ワラント取引の違法性一般についての反論
本邦の証券取引法令上、ワラント取引について取引説明書の交付義務やワラントについての説明義務を課した条項は存在しない。ワラントに関する本邦の立法政策は、法律上の規制には極めて消極的であり、大部分が通達による行政指導と日本証券業協会の自主規制に委ねている。
私法上有効な取引について、それを不法行為と構成することは必要最小限度にとどめなければ、私法秩序の混乱は免れない。
2 Bの原告に対する勧誘の違法性についての反論
(一) 原告は、昭和一〇年ころ、旧制高女を卒業したハイカラなサラリーガール(当時)で、結婚を機に退職したものの、夫が経営するシャーリング工場の事務手伝いをしていたのであるから、本邦経済動向への関心と無縁な主婦ではなく、経済人の一人と同視すべきである。
また、原告は、昭和五二年ころから、株式等証券取引を始め、日興証券、和光証券、新日本証券、被告の四社と証券取引を反復継続していた。そして、株式や転換社債の取引により二ないし四割の取引損は何回も経験しており、証券取引にかかるリスクの存在を知悉していた。
(二) Bは、原告に対し、平成元年一二月一八日及び同月一九日にわたり、電話と外国新株引受権証券取引説明書(乙B二、取引説明書)に沿って、本件ワラントは株式より値動きが数倍にもなること、四年の行使期限を過ぎると権利消滅となること、行使価格が一二〇〇円となることなど本件取引の危険性を告知していた。
(三) このように、原告の証券取引上の知識経験に見合った信義則上必要とされる危険性の告知はされているのであるから、本件勧誘をもって不法行為ということはできない。
被告及びB(以下「被告側」という。)が、本件ワラントの購入の勧誘に際して、虚偽の表示または誤解を生ぜしめるべき表示をしたことは全くない。また、被告側は、原告に対し、断定的判断の提供をしたようなことはないし、原告は、本件ワラント購入前にすでに相当の証券取引の経験を有していたのであって、特にワラントの取引について不適切な顧客であったとはいえない。
3 原告の損害についての主張、反論
(一) 原告が本件取引で原告主張の金額の損失を被ったのが事実であるとしても、平成元年ころにおける投資は、バブル経済の崩壊により投資額の五割程度までに目減りしたことは公知の事実であり、右損害は勧誘者・投資者のいずれの責めにも帰し得ない。
(二) 仮に、右損失の発生につき、Bの説明不十分に起因するところがあるとしても、それは、せいぜい二五パーセント程度の寄与率とみるべきである。原告としても、株価が上昇し続けるなどと盲信せず、Bの説明に耳を傾け、取引説明書を少し注意して読めば、わずかな損切りで売り逃げの決断はできたはずであり、応分の過失は免れない。
第三争点に対する判断
一 ワラントについて
争いのない事実、証拠(甲二〇ないし二二、二六ないし二九、三三、四一ないし四四及び乙二ないし七、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。
1 ワラントの意義
ワラントとは、商法の新株引受権付社債制度の下で発行される新株引受権付社債の社債部分から切り離され、それ自体で独自に取引の対象とされている新株引受権ないしこれを表章する証券のことであり、発行会社の株式を予め決められた期間(権利行使期間)内に、予め決められた価格(権利行使価格)で、決まった数量を購入することのできる権利(証券)である。
2 ワラントの特徴
ワラントは、発行会社の株式を購入することができる権利であり、その権利を行使して株式を取得するための期間と価格が当初から定められているものであることから、次のような性質を有している。
(一) ワラント債発行時に権利行使期限が定められており、この期限を過ぎると権利行使ができなくなり、その価値がなくなる。
(二) ワラントは、発行後の価格変動は株価に連動するが、変動率は通常、株価よりも大きい。
また、ワラントの価格は、株価の値上がりへの期待(プレミアム)が理論的価値(パリティ)に加算されて算出され、プレミアムが大きく変動することが多く、そのため、ワラントの価格は不安定である。
ワラントの価格は、このように大きく変動する要素を複数有しているため、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べて、ワラント取引は、購入者に大きな利益をもたらす場合もあるが、逆に大きな損失を被らせる場合もある(いわゆる「ハイリスク・ハイリターンな金融商品」)。
(三) 外貨建てワラントを売却する場合には、売却価格は為替変動の影響を受ける。
二 ワラント取引の違法性一般について
1 公序良俗違反(原告の主張2(一))について
原告は、一般に海外ワラントは一般投資家に勧めるだけの証券としては致命的な欠陥を有し、証券会社が海外ワラントを大量、強引に売りさばいた行為は、社会的に許容された相当性をはるかに逸脱し、公序良俗に反する行為であると主張している。
しかしながら、商法が分離型新株引受権付き社債の発行を認め、証券取引法上もワラントの取引が予定されていること、ワラントは、少ない投資額で大きな利益を得る可能性があり、生じ得る損失も最大限で投資額にとどまるという点で金融商品としては十分合理性を有すること、ワラントの特徴は一般投資家にとって、十分理解可能なものであることからすると、一般に証券会社が一般投資家を対象として行うワラント取引それ自体が公序良俗に反するものとは到底認められない。そして、本件全証拠によっても、本件取引について、これを公序良俗に反する違法行為と認めることはできない。
2 証券取引の投資勧誘における証券会社の注意義務(原告の主張2(二)ないし(四))について
証券取引は、本来危険を伴うものであって、証券会社から投資家に提供される情報も将来の経済情勢や政治状況といった不確定な要素を含むいわば「見通し」の域をでないのが実情であるから、投資家は、証券会社等から開示された情報をもとに当該取引の危険性とその危険性に耐え得る財産的基礎を自らが有するかどうかを投資家自身の責任において判断して行うべきものである。このことは、ワラント取引においても妥当するものである。
他方で、証券会社が証券取引に関する高度の専門的知識、豊富な経験、情報等を有することから、多数の一般投資家は、証券取引の専門家である証券会社の推奨・助言等を信頼して証券市場に参加している現在の状況下では、投資家の証券会社に対する信頼が十分に保護されなければならなない。
このようなことから、旧証券取引法五〇条一項一号、五号、五八条二号、昭和四〇年一一月五日大蔵省令第六〇号「証券会社の健全性の準則等に関する省令」一条は、証券会社等による断定的判断の提供、虚偽の表示または重要な事項につき誤解を生じさせる表示等を禁止し、昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号日本証券業協会会長宛通達では、投資家に証券の性格や発行会社の内容等に関する正確な情報を提供すること、勧誘に際し投資家の意向及び資力等に最も適合した投資が行われることに十分配慮すること、取引開始基準を作成し、それに合致する投資家に限り取引を行うこととされ、日本証券業協会制定の「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則(公正慣習規則第九号)」で証券投資は投資家自身の判断と責任で行うべきものであることを理解させるものとするとし、取引開始基準の制定や説明書の交付等が定められ、投資家の保護が図られている。
これらの法令、通達、協会規則等は、公法上の取締法規又は営業準則としての性質を有するものではあり、これらの定めに違反した行為が私法上も直ちに違法となるわけではない。しかしながら、これらの法令等は、多数の一般投資家が証券会社の助言を信頼して証券取引を行っているという状況をふまえて、投資家の信頼を保護するために制定されたものであるから、証券会社(営業を行う従業員も含む。)は、投資勧誘にあたり、投資家の職業、年齢、財産状態、投資経験及び投資目的等に照らして、投資家に対し、当該取引に伴う危険性(投資家が被る可能性のある損失の内容・程度)について、認識を形成するに足りる情報を提供すべき注意義務を負うことがあり、これに違反して投資勧誘をした場合には、右勧誘行為が私法上違法となることがあるというべきである。
そこで、以下では、Bの原告に対する勧誘の具体的態様に則して、投資勧誘行為に違法性が認められるかどうかについて判断する。
三 本件取引の経過について
争いのない事実及び証拠(乙B一ないし三、B五の1、2、B一一、証人B、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。
1 原告は、本件取引時に六八才(大正○年○月○日生まれ)であり、最終学歴は旧制高等女学校卒である。二三才までタイピストの仕事をしていたが、結婚後は夫が経営するシャーリング関係の会社の事務を手伝っていた。夫が昭和五一年に死亡し、原告は、翌昭和五二年から株式の取引を始め、株式の現物取引と投資信託、転換社債に投資してきたが、信用取引の経験はなかった。原告と取引のあった証券会社は和光証券、日興証券、新日本証券及び被告の四社であり、被告と取引するようになったのは昭和五八年ころからであった。
Bは、平成元年三月、前任者のDから被告の担当を引き継ぎ、以後、月に数回自宅を訪問する傍ら、電話で商品の勧誘を行っていた。Bが担当者となった後、本件取引までに原告が被告との間で行った取引は、タカラブネ、京阪電気鉄道、ドイツ銀行、日本鋼管(以上株式買付)、丸井、九州松下(以上転換社債買付)、投資信託などがある。
2 Bは、平成元年一二月一八日の午後、原告方に電話し、本件ワラントを購入するよう勧誘をした。右電話で、Bは、本社から送られてきた資料をもとにして、三菱重工の業績、株価の動きや、日経平均株価の動きも強い上昇期であることなど本件ワラントを勧める事情を説明したうえ、ワラントとは、外国で発行された新株引受権付証券のうち所定の期間内に所定の価格で新株を引き受けることができる権利が付与された証券であること、株式よりも三倍位の幅で値段が上下すること、権利行使期限があり、本件ワラントにおいては、平成五年六月一日であること、本件ワラントは外貨建てであるため、為替レートの変動により危険性があることを説明し、代金については、当時利益の出ていたハリマセラミックの株式を売却して充当することの了解を得たうえ、原告から買付の注文を受けた。この電話による勧誘の時間は約二〇分であった。
Bは、翌一九日、本件ワラント取引の内容について再度確認するため、原告宅を訪れた。Bは、原告の面前で被告が作成した外貨建ワラントについての取引説明書(乙B二と同種のもの。)を読み上げ、ワラント取引の概要について再度説明した。右説明書には、ワラントという商品は、性格や特徴が、株式や債券、投資信託とは異なった商品であること、ワラントは期限付きの商品であり、権利行使期間が終了したときに、その価値を失う性格をもつ証券であること、ワラントの価格は、株価に連動するが、その変動率は、株式に比べると大きくなる傾向があること、外貨建てワラントに投資する場合は、外国為替の影響を考慮に入れる必要があること、ワラントは多額の利益を得ることができる反面、投資金額に相当する損失を被る危険性を併せもつ商品であることなどが記載されていた。
原告は、Bに対し、大丈夫なのと質問したところ、Bは、当時一般に株価が上昇しており、更に値上がりする局面にあると予想されていたことから、短期的に値上がりして、利益が出ればすぐ売る旨答えた。そして、他に質問もなかったことから、Bは、原告に対し、前記取引説明書を交付し、その旨を確認する趣旨で「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」と題する確認書(乙B一)に原告の署名と届出印鑑の捺印を求め、説明書との割り印を受けた。右確認書には、「私は、貴社から受領した『外国新株引受権証券の取引に関する説明書』の内容を確認し、私の判断と責任において外国新株引受権証券の取引を行います。」という文が記載されている。
なお、右確認書の日付は、当初原告が一二月一九日と記載したが、後日被告支店において事務担当者が一存で一八日付けに訂正した。
本件ワラントの買付代金には、原告が当時所有していたハリマセラミックの株式二〇〇〇株を同年一二月二〇日に売却した代金が充てられた。
3 被告は、平成元年一二月二九日付けで原告の取引明細書及び預り証券等残高明細書を作成し、原告宛に送付しているところ、右預り証券等残高明細書「債券」欄には、国債と並べて本件ワラントについて「ミツビシジュウコウWRT1993」という記載がされており、国債については、償還日の欄に日付が記載されているのに対し、本件ワラントにはそのような記載がない。
原告は、右取引明細等に関し、その報告の内容が相違ない旨確認した回答書に署名し、届出印鑑を押印しており、この回答書が被告に回収されている。
4 Bは、平成二年八月ころ、転勤が決まり、異動の挨拶のため、原告方に電話し、その際、本件ワラントの価格が下がり続けていたことから、原告に対し、株式相場が下降傾向にあることなどを説明し、本件ワラントの売却を勧めたところ、原告は、損してまでは売らないと述べた。
5 その後、株式相場は低迷を続け、原告は、本件ワラントを売却しないまま権利行使期限である平成五年六月一日が経過した。
右認定に対し、原告本人尋問の結果及び甲B一(原告作成の陳述書)には、Bは、勧誘に際し、三菱重工の転換社債の購入を勧めたので、原告としては友人から聞いていた知識に基づき一〇年持っていれば損することはない旨念押しして購入したこと、その際、Bからワラントの内容については全く説明がなかったこと、取引説明書も交付されなかったこと、したがって原告としては転換社債を買ったと信じていたところ、Bの後任であるCに対し、最近ワラント被害のことが新聞に出ているが、自分が持っていなくてよかったと述べたところ、Cから本件ワラント購入の事実を聞き、初めて自分がワラントなる商品を購入していたことを知ったことなどを説明する供述ないし記載部分がある。
しかしながら、まず、本件の説明書が交付されていないという点については、前記のとおり確認書に説明書との割り印が押され、原告の署名、届出印鑑の押印がされていることに照らして採用することができない。そして、前記のとおり、本件確認書及び説明書には「外国新株引受券証券」と明確に記載され、説明書には期限付きの商品であり、権利行使期間が終了したときその価値を失う性格をもつものであることが明記されていること、国債には償還日が記載されているのに本件ワラントにはその記載がない明細書が送られてきたことなどの事実に照らすと、原告のような投資経験を有する者としては、わずかな注意力をもってすれば、自分が購入した商品が社債ではないことに気づくことができると考えられるうえ、原告に対し、ワラントの基本的な性格について説明したとする証人Bの証言に照らし、前記原告本人の供述及び甲B一の記載部分はいずれも採用することができない。
四 具体的勧誘行為の違法性について
1 適合性の原則違反について
一般に、ワラント取引においては、前記認定のとおり、最悪の場合には投資金額全額を失う危険があるが、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べて、大きな利益を上げることが可能であることからすると、当該投資家の資産、投資経験等に照らし、必ず過大な金額の取引となり、損失を被るわけではない以上、一般投資家がワラント取引について適合性に欠けるとはいえない。
そして、原告の場合、前記認定のとおり、本件ワラント取引に至るまで、複数の証券会社との取引があること、一〇年以上の証券取引の経験があったこと、取引内容も多岐にわたること、本件ワラントの購入代金は、原告から本件ワラント取引当時に保有していた株式のうちの一部を売却した代金が充てられていることなどの事情に照らすと、本件ワラント取引は、原告にとって、過大な金額の取引であったとは認められず、Bの本件ワラント取引についての勧誘行為が適合性の原則に違反した違法なものであるということはできない。
2 説明義務違反について
前記認定のとおり、原告は、本件ワラント取引以前の昭和五二年ころから複数の証券会社との間で証券取引を行っていて投資経験が豊かであること、Bは、原告に対し、本件ワラントの購入を勧誘するに際して、ワラントの性質やワラント取引に伴う損失について電話ではあるが十分説明していることからすれば、Bの勧誘に説明義務違反があったということはできない。
なお、本件ワラントは、原告の主張にあるように、取引日において、株価が権利行使価格を下回っていたため理論的価格が零であり、その価格はプレミアムによって支えられたものである(証人B)が、当時一般に株価が上昇しており、更に上昇する局面にあると予想されていたことなどの事情に照らすと、本件において説明されるべき内容は、ワラントの価格が株価と連動し、かつ株価の数倍の値動きをすること及び権利行使期間経過後は無価値になることの説明がされることが中心であったというべきであり、価格計算方法の充分な説明が欠けていたからといって、Bにおいて説明義務を尽くさなかったということはできない。
また、前記のとおり、説明書が交付されたのは、電話による勧誘がされた後であって、ワラントのようないわゆるハイリスク・ハイリターンの商品においては、購入の意思決定に先立ち予め説明書が交付されていることが望ましいことは明らかであるが、前記認定のとおり、電話によりワラント取引の内容について基本的な説明がされた上、これに引き続いて翌日に説明書に基づく再確認が行われていたという事情がある場合に、説明書の交付が購入の意思決定よりも一日遅れてされたということをもって直ちに勧誘行為を違法と評価することは相当ではない。
3 虚偽表示、誤解を生ぜしめる表示及び断定的判断の提供について
前記認定のとおり、Bは、本件ワラント取引の勧誘に際して、三菱重工の業績や当時の株価の状況について説明しているが、本件全証拠によっても、このことからBが虚偽の事実を告げたり、ワラントを他の商品と誤解させるような説明をしたり、あるいは断定的判断を提供したとの事実を認めることはできない(損失負担、利益保証による勧誘も認められない。)。
五 まとめ
以上の事実によれば、被告が本件ワラント取引にあたり組織ぐるみで違法な行為をしたとは認められないし、Bの勧誘行為についても違法性は認められない。したがって、原告の被告に対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森本翅充 裁判官 太田晃詳 裁判官 小林愛子)